世界中に存在する多くの名画。そんな中で異彩を放つ作品のひとつが「ムンクの叫び」です。

この絵に描かれている男の表情は一度見たら忘れられないくらいのインパクトがあります。

一体男は何を叫んでいるのか?
ムンクはなぜこの絵を描いたのか?

そして、ムンクとはどんな人物なのか?

調べてみると、興味深いエピソードがいろいろとわかったので、ご紹介したいと思います。

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画家ムンクとはどんな人物

ムンクは1863年、ノルウェーのロイテンで生まれました。
フルネームはのエドヴァルド・ムンク。

父親は医師。母親は1868年に病気で亡くなりました。

さらに、1877年には、15歳の姉を結核で亡くすという不幸に襲われ、こうした境遇がムンクの作風に影響を与えたと言われています。

ムンクは10代の頃から画家を目指していましたが、父親の反対に遭い、技師になるため工業学校に通っていました。

しかし、画家になる夢を諦めきれず、1879年に中退し、翌年王立画学校に入学。
絵画の勉強を始めました。

しかし、彼の作品の評価は厳しいものだったといいます。
1884年に出品した「朝(ベッドの端に腰掛ける少女)」はノルウェー国内では酷評されました。

ムンクはその後パリに留学しましたが、リューマチ熱で2か月間入院。

ベルリンに住むようになってからは多くの作品を発表しましたが、ここでも批判され、わずか1週間で個展は打ち切りとなったこともありました。

その後もムンクはドイツで展覧会を数多く開き、名前は知られるようになっていきましたが、絵はほとんど売れず、苦しい生活を強いられました。

1908年にはコペンハーゲンの精神病院に入院し、療養生活を送っています。

代表作「叫び」は全部で5点ある

ムンクが「叫び」を描いたのは、1893年、30歳の時でした。

この作品は油絵でしたが、同じ年と1895年にパステル、リトグラフ、1910年にテンペラ(卵と顔料を混ぜて絵具を作って描画する技法)で同じ題名、同じ構図による作品を描いています。

つまり、「叫び」という作品は全部で全5点存在しているのです。

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「叫び」誕生の経緯

ムンクの代表作「叫び」は一体どんな経緯に誕生したのか?

実は、この絵は、ムンクの幻覚から生まれたものだといいます。
ムンクはその時の体験を次のように記しています。

私は2人の友人と歩道を歩いていた。
太陽は沈みかけていた。
突然、空が血の赤色に変わった。
私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。
それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。
友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。
そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。

「叫び」の特長は、極端にデフォルメされた独特のタッチで人物が描かれていること。
背景には血を連想させる真っ赤な夕焼け、遠近法を使った暗い背景で描かれていますが、これはムンクの幻覚だったのです。

ムンクの叫びは叫んでいるのではなかった

ムンクの叫びは描かれた人物が叫んでいると思われがちですが、実は違います。
作品誕生の元となった幻覚エピソードからもわかるように、不安に恐れおののいている様を描いたものです。

この人物は叫んでいるのではなく、「自然を貫く果てしない叫び」を聴いて、不安に震え、耳を押さえているのです。

おわりに

不幸な幼少期を送り、画家になってからも酷評され続け、精神を病んだこともあったムンク。

「叫び」は様々な苦悩から生じた「不安」を描いた作品だったんですね。

それにしても、この作品は見れば見るほど引き込まれていく不思議な魅力があります。

ムンクが聴いたという「自然を貫く果てしない叫び」とは、一体どんな叫びだったのでしょうか?

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