・画像引用元:ヤフーニュース

ユネスコの諮問機関が「仁徳天皇陵」を含む古墳群を世界文化遺産に登録するよう勧告しました。
仁徳天皇陵といえば、日本最大の前方後円墳として有名です。
しかし、その一方で、仁徳天皇ってどんな人だったのか?あまりよく知られていません。
そこで、この記事では、仁徳天皇の業績と人物像に迫ってみたいと思います。

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世界遺産登録される仁徳天皇陵とは?

仁徳天皇陵は大阪堺市にある百舌鳥古墳群の中のひとつ。
全長約486m。
エジプトのピラミッド(全長約350m)、中国の始皇帝陵(全長約230m)と並び世界三大墳墓のひとつです。

仁徳天皇陵へのアクセス

・所在地:堺市堺区大仙町
・アクセス:JR阪和線「百舌鳥駅」下車 徒歩8分
・駐車場:大仙公園仁徳御陵駐車場
(乗用車105台・2時間まで200円、以降1時間毎に100円追加、5時間以上600円)、バス18台(1台1回1,000円)

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世界遺産の対象となった古墳群

世界遺産の対象となったのは、
百舌鳥古墳群の中の23基と古市古墳群26基の合わせて49基です。


さて、ここから本題です。
仁徳天皇とはどんな人だったのか?

仁徳天皇の人物像


・画像引用元:ウィキペディア

経歴
・天皇名:仁徳天皇(にんとくてんのう)
・第16代天皇
・名前:大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)
・天皇在位期間:313(?)年から399(?)年
・生年月日:不詳
・没年:不詳
・父:応神天皇
・母:仲姫
・兄弟:荒田皇女・根鳥皇子・大山守皇子
・配偶者:磐之媛命

仁徳天皇が即位していたのは、古墳時代中期。
邪馬台国の卑弥呼の時代のおよそ100年後くらいです。

仁徳天皇の業績

仁徳天皇は民のために政治を行った人物だと言われています。

それは高台から庶民の生活を眺めているときのこと。
いくら待っても煙が上がってこないことに、仁徳天皇は疑問を抱きます。
「食事の支度をする時間だというのに、どうしてかまどから煙があがっていないのだ?」 

そして、炊く米すらないほど民の生活が困窮していたことに気づくのです。

そこで、部下たちにたずねます。
「現在、朝廷の食糧はどのぐらいあるのだ?」
「ハッ!およそ3年分あります」

これを聞いた仁徳天皇は3年間、すべての税金を免除し、労役も免除することを決断するのです。

その結果、仁徳天皇も衣食住に困ることになりましたが、信念を曲げることなく、無税を続けました。
やがて、民の暮らしは良くなり、かまどから煙が上がるようになったのです。

仁徳天皇は水害を防ぐために大規模な土木事業も行うなど、食糧不足解消にも尽力しました。

仁徳天皇の業績について、古事記には、次のように記されています。

この天皇の御世に、大后(おほきさき)石之日売命の御名代(みなしろ)として、葛城部を定め、また太子(ひつぎのみこ)伊邪本和氣命の御名代として、壬生部を定め、また水歯別命の御名代として、蝮部(たぢひべ)を定め、また大日下王の御名代として、大日下部を定め、若日下部の御名代として、若日下部を定めたまひき。

また、秦人を役(えだ)ちて茨田堤また茨田三宅を作り、また丸邇池(わこのいけ)、依網(よさみ)池を作り、また難波の堀江を掘りて海に通はし、また小椅江(をばしのえ)を掘り、また墨江(すみのえ)の津を定めたまひき。
・引用元:ウィキペディア

自分の生活を犠牲にしてまで民を救おうとした仁徳天皇にはこんな名言があります。
「朕はすでに富んでいる。民は宝なり」

仁徳天皇は83歳で亡くなったとされていますが、あれだけ巨大な墓を作ったのは天皇への感謝の気持ちからだったとも言われています。

仁徳天皇陵への疑問

仁徳天皇陵は仁徳天皇のお墓と言われていますが、実は違うという説もあります。

仁徳天皇陵の正式名称は、
「大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)」または「大山古墳(だいせんこふん)」

これは実際の被葬者は明らかではないためです。

日本書紀では、仁徳・履中という在位順ですが、
これとは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっています。
そのため、墓に眠っているのは、仁徳天皇ではないとも言われているのです。

仁徳天皇陵は宮内庁が管理していて、内部の発掘調査ができません。
したがって、今も謎は解明されていないのです。

仁徳天皇陵について調べていると、面白いキーワードで検索されていることがわかってきました。

仁徳天皇稜 がっかり

仁徳天皇稜で検索をかけると、「仁徳天皇稜 がっかり」というワードが出てきます。
一体なぜなのか?調べてみると……

それは仁徳天皇陵の周囲に住宅街が密集しており、景観が悪くなっているからのようです。
実際、ネットには次のような書き込みが目立ちました。

・外周を外から見たところで何も分からない

・実際いってみると、ただの森にしか見えないので観光地としては微妙

・大きすぎて横から見ても全然分からない

・いずれの古墳も周囲が住宅に接しており、世界文化遺産には不向き。

要するに、仁徳天皇陵が大きすぎるのが、
「がっかり」の理由のようですね。

まとめ

日本の世界遺産は文化19、自然4の計23件ですが、天皇や皇族が葬られた「陵墓」が世界遺産になるのは初めて。
仁徳天皇陵の世界遺産登録は6月30日~7月10日にアゼルバイジャンで開かれるユネスコ世界遺産委員会で正式に決まる見通しです。
令和に入り最初の世界遺産となるのが、天皇ゆかりの場所というのは何か感慨深いものがありますね。

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